●なぜ? 不自然だったU-23日本代表のゴール動画

 U-23日本代表は25日、国際親善試合でU-23ウクライナ代表と対戦し、2-0の完勝を収めている。この試合で勝敗を決定づける追加点を決めたのが、湘南ベルマーレに所属するMF田中聡だ。久々の招集で結果を残した同選手だが、満足はしていない。ここから激しいサバイバルに挑む。(取材・文:藤江直人)

【動画】田中聡のゴールがこれだ!

 サッカー日本代表の公式X(旧ツイッター)に、ちょっとした異変が起こっている。

 冷たい雨が降る北九州スタジアムで、U-23日本代表がU-23ウクライナ代表に勝利した25日の国際親善試合。MF田中聡が76分に決めた、ダメ押しとなる日本の2点目の映像が不自然だからだ。

 ゴールライン後方で白い息を弾ませながら、右手で渾身のガッツポーズを作る田中のもとへ、まずFW細谷真大とMF佐藤恵允が笑顔で駆け寄ってきた。飛びついてきた細谷にたまらず仰向けにされた田中の上へ、佐藤だけでなくMF松木玖生とMF藤田穣瑠チマまでが覆いかぶさってくる。

 DF大畑歩夢も祝福に駆けつけた直後に、歓喜のゴールセレブレーションは解けたかに見えた。しかし、何かを思い出したかのように藤田が顔を近づけた次の瞬間、映像が飛んだ。投稿前に編集されたと見られる映像は、立ち上がった藤田が田中の両腕を引っ張り、起き上がらせる場面から再開されている。

 不自然にカットされた部分に何が映り込んでいたのか。実はサッカー日本代表の公式Xが更新された時点で、すでにSNS上には田中の右頬あたりに藤田が何度もキスをしている映像が拡散されていた。

 勝利の余韻が残る試合後の取材エリア。キスに込めた思いを問われた藤田は、それまでの理路整然とした受け答えを一変させ、照れくさそうに「テンションが上がっていたので」と打ち明けた。

●田中聡は「本当にみんなと仲がいい、素晴らしい選手」

「いや、テンションがもうぶち上がっちゃっていました。(田中とは)仲もいいですし、彼が決めてくれたのは自分としても嬉しくて。チームでもムードメーカーというか、そんなに数多くしゃべるタイプではないですけど、本当にみんなと仲がいい、素晴らしい選手なので。いや、ホントに恥ずかしいですけど」

 気がついたときにはキスによる祝福を繰り返されていた田中は、どのような心境だったのか。苦笑しながら「いや……ちょっときついですね」とまず切り出した。さらに、キスされたあたりを右手で拭いていたように見えた、と問われると、しどろもどろになりながら必死に言葉を紡いでいる。

「いや、覚えていない。もう無意識で。多分、拭いていたかな……よくわかりません」

 もしかすると、田中本人は自覚していないかもしれない。それでも、U-23代表で周囲から愛され、そして周囲を癒すキャラクターが誰なのかが、ほのぼのとした笑いの渦から伝わってきた。

 パリ五輪でのメダル獲りを目指す大岩ジャパンの初陣だった、2022年3月のドバイカップ初戦、対U-23クロアチア代表で先発を果たしてから通算8試合目。田中が待ち焦がれた初ゴールはチームとして追い求めてきた形と、所属する湘南ベルマーレで実践するプレーが融合した末に生まれた。

●湘南スタイルで奪ったゴール

 まずは自陣から大畑がロングパスを前線へ供給する。ターゲットとなった佐藤が左タッチライン際でボールを収めた瞬間、インサイドハーフで途中出場していた田中が佐藤の内側を一気に駆け上がった。

 佐藤は田中へのパスを選択したが、これは相手にカットされた。それでも、こぼれ球を繋ごうとするウクライナにプレッシャーをかけた佐藤がボールを奪取。前方の細谷へスルーパスを通した。

 これもウクライナの必死の守備に遮断された。しかし、こぼれ球が別の相手選手に当たり、ペナルティーエリア内の左側にいた田中の目の前に転がってくる。千載一遇のチャンスで体が自然と動いた。

利き足の左足を伸ばしてボールを拾い、同時に自身の前方へ運んだ直後だった。角度のない場所から上半身を強引に捻りながら、迷わずに左足を一閃。強烈な弾道をゴール右隅へ突き刺した田中は、シュートの瞬間に得点を確信したのだろう。ゴールに背を向けながら、両手を広げて雄叫びをあげていた。

「湘南では縦に味方を追い越していくサッカーをしている、というのもあったし、そういうスタイルはこのチームでも自分の特徴にしていきたかった。何より自分自身が点を取りたい、と思っていたので」

 インナーラップから佐藤を一直前に追い越していった、縦への動きを選択した理由を田中はまずこう語った。さらに大岩ジャパンの合言葉であるハイプレスを佐藤が実践し、再び日本のボールにした流れで自らシュートまで持っていき、勝負を決める追加点を生み出した判断をこう振り返っている。

●2試合ともにベンチスタート。焦りはあったのか

「いつもならけっこう緊張してしまうんですけど、自分は代表に定着しているわけじゃないし、招集そのものも本当に久しぶりだったので、別にミスをしても失うものはない、というメンタルで入りました。それがよかったと思います。ガッツポーズですか? 嬉しくて勝手に出ちゃった、という感じです」

 田中の言葉通りに、大岩ジャパンへ招集されたのはU-22メキシコ、U-22アメリカ両代表と対戦した昨年10月のアメリカ遠征以来だった。IAIスタジアム日本平で強豪U-22アルゼンチン代表と対戦し、5−2の逆転勝ちとともにファン・サポーターを驚かせた同11月の国際親善試合は選外だった。

 待望の復帰を果たしても、田中だけはなかなかピッチに立てない。1−3の逆転負けを喫した22日のU-23マリ代表戦はリザーブのままで終え、先発10人を入れ替えたウクライナ戦でもベンチスタート。気がつけば自分を除いた22人のフィールドプレイヤーは、全員が出場機会を得ていた。

 大岩ジャパンの中盤は特に層が厚い。3月シリーズの顔ぶれを見ても、ともにシント=トロイデンでプレーする藤田と山本理仁をはじめ、京都サンガF.C.とFC東京でキャプテンを務める川崎颯太と松木、J1リーグで4戦4ゴールの荒木遼太郎に加えて、マリ戦ではFW植中朝日がインサイドハーフで先発した。

 それでも田中は「まったく焦れませんでした」と、18日から始まった今回の代表活動を振り返る。

「練習中から薄々気がついていたというか、チーム内における自分の立ち位置というのは自分自身が誰よりもよく理解していました。もちろん悔しい気持ちはありましたけど、それでも別にメンタル的に落ち込むわけでもなかったし、特に自分自身を客観的に見られていたのはよかったと思っています」

 インサイドハーフとして先発し、チーム最多の5本のシュートを放っていた荒木との交代で北九州スタジアムのピッチに立ったのは67分。不思議と気負いはなかったと田中は振り返る。

●「ここで満足したらもう先はない」

「今年は攻撃面で何らかの違いを見せたかったし、攻撃は自分の短所でもあったのでそこを補えれば、という思いはありました。そのなかで、今日はそれほど違和感なくプレーできた。ただ、試合そのものもかなりオープンな展開になっていたし、このチームでスタートから出てどれだけできるか、というのは自分でも未知の部分なので。そこはまだ満足できないし、ここで満足したらもう先はないと思っています」

 今シーズンのJ1リーグで、田中はダブルボランチの一角及びアンカーとして全4試合で先発フル出場。データ会社『Opta』の日本語版公式Xは25日に田中のタックル数17、インターセプト数12はともに今シーズンのJ1全体で最多と投稿し、そのプレースタイルを「献身」と称賛している。

 ストロングポイントは、U-23代表でもいかんなく発揮される。ウクライナ戦で田中が投入された67分を境に生じたピッチ上の変化を、インサイドハーフを組んだ松木はこう語っている。

「ボールを狩る特徴の部分を含めて、聡くんは自分とすごく似ていますし、その上で追加点が欲しい場面ですごいゴールを決めてくれた。とても頼もしい存在だったと思っています」

 守備面だけではない。3月2日の京都戦では、2021年9月26日の川崎フロンターレ戦以来、公式戦で実に888日ぶりとなるゴールをマーク。湘南の今シーズン初勝利に貢献すれば、4−4で引き分けた同17日の浦和レッズ戦では、アンカーでプレーしながら味方の3ゴールに絡む活躍を演じてみせた。

 浦和戦後にモードを湘南から代表に切り替えた田中は、こんな言葉を残している。

「うまい選手はたくさんいると思うけど、自分はボールを奪うところや闘うところが武器なので。久しぶりの代表ではそういった自分の特徴を出して、何らかの爪痕を残してきたい」

 2022年8月にベルギー1部リーグのコルトレイクへ期限付き移籍した。念願の海外移籍に胸を躍らせたが爪痕を残せず、完全移籍へのオプションも行使されなかった。新たな移籍先も見つからなかった田中は、シーズン終了後の昨年6月に湘南へ復帰。クラブを介して発表されたコメントが共感を呼んだ。

●追ってきた遠藤航の背中「自分はそういった…」

「湘南ベルマーレで再びプレーさせていただくことになりました。ベルギーでは活躍することができず、まだ自分にとって海外でプレーするのは早かったと感じています。またこの大好きなクラブでチームと共に個人としても成長し、もう一度大きなチャレンジができるように日常を大切にして頑張ります」

 挫折を味わった自分自身を客観視し、海外挑戦は時期尚早だったと素直に認めた上で努めて前を向く。今シーズンの湘南でマークしている守備面の突出した数字、攻撃面でも描き始めた成長曲線、そして大岩ジャパンでマークした念願の初ゴールは、すべて昨夏に誓った捲土重来の延長線上にある。

 だからといって、U-23代表のなかに確かな居場所を築けたとも思っていない。

「理仁くん(山本)やチマ(藤田)のようなボール扱いやポジショニング、あるいは攻撃のときのビルドアップといったものにはまだまだ及ばない。今日もゴールは決められたけど、守備のときの立ち位置や逆サイドのボランチへの絞りといったところで、試合中に剛さん(大岩監督)から大声で叫ばれて、指示されていた場面が何回もあった。内容的にもまだまだ足りないところが多いと思っています」

 4月中旬からは次なる戦いがカタールで始まる。パリ五輪のアジア最終予選を兼ねた、AFC・U-23アジアカップのエントリー数は23人。3月シリーズより3人少ない点に、田中も気持ちを引き締める。

「多少は(代表入りする可能性が)上がったかもしれないけど、次はまた人数が減りますし、特に中盤の争いはものすごく厳しい。まずは湘南でしっかりと活躍して、上位に食い込ませていきたい」

 湘南のアカデミーの大先輩であり、湘南を皮切りに浦和、シント=トロイデン、シュツットガルトをへて、昨夏に電撃的に加入した名門リバプールで絶対的な居場所を築き上げた日本代表のキャプテン、遠藤航の背中を追ってきた。中盤の守備的なポジションを担う上で、最高のお手本にもすえてきた。

「自分はそういったリーダーシップを取れるようなタイプというか、キャラじゃないので。それでも、ピッチ上ではしっかりとコミュニケーションを取っていく力はつけていきたい。これからアジアで戦っていくなかで、対応力を含めてそういったものが必要になってくると思うので」

 アジアを勝ち抜いた先には、おのずと世界との戦いが待つ。2016年のリオ五輪でもキャプテンを任された遠藤が発揮する、天性のリーダーシップは持ち合わせていないと田中は自己分析する。それでも、攻守両面だけでなくメンタル面でもチームをパワーアップさせる、中盤のダイナモとしての存在感を右肩上がりで放ちながら、21歳のホープはパリ五輪切符獲得がかかる熾烈な戦いへ挑もうとしている。

(取材・文:藤江直人)

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